2001-03-12 第151回国会 参議院 予算委員会 第8号
○清水澄子君 この経緯を見ますと、近隣条項による文部省の判断のみならず、中曽根首相、後藤田元官房長官、そして海部文部大臣の政治責任によってこれらが解決されてきたと思います。 にもかかわらず、また今回の三度目の問題が起きているわけですけれども、私は、先ほどおっしゃったように、教科書は一般の読み物とは違います。
○清水澄子君 この経緯を見ますと、近隣条項による文部省の判断のみならず、中曽根首相、後藤田元官房長官、そして海部文部大臣の政治責任によってこれらが解決されてきたと思います。 にもかかわらず、また今回の三度目の問題が起きているわけですけれども、私は、先ほどおっしゃったように、教科書は一般の読み物とは違います。
とりわけ、昭和六十一年の第百四回国会では、当時の海部文部大臣も「実習助手の努力が報われるようにしたい」との答弁を打っております。にもかかわらず、依然として根本的な解決につながっていないのは、文部省の考え方が「教員免許状を所持する実習助手には教諭任用への道が開かれている」というところにとどまっているからではないでしょうか。
その点については、文部大臣が若い鳩山さんだけに、海部文部大臣のときから高校留学を言って、やっぱりこれは十年かかっているんです、文部省が高校留学。それも三十単位、この三十単位は何かといったら、高校生の一学年の修学を一つの基準に三十単位ですが、留学しますと語学のハンディがありますので、だからもう少しその単位も考えていただけないかなと思います。
○中西(績)分科員 一定の前進はあるようでありますけれども、あの当時論議をした過程の中で、当時の海部文部大臣がお答えいただいたような熱心さでやられたかな、こう私は思わざるを得ません。
私は、初めて予算委員になったときに、文部省では、というよりも学習指導要領で、小学校の一年生に入るときにまあ一から十ぐらいまでの数がわかればよろしい、自分の名前が読めて自分の字が書ければよろしいというぐらいの子供が学校に入ってきて、学校教育の中で字を覚えていくのか数字を覚えていくのか、この辺どうでしょうという、こういう質問を今の総理であります海部文部大臣にいたしましたら、海部文部大臣は、公的にはそのとおりであります
以上のような事情は、我が党の過去の同趣旨の法案に対する五度にわたる質疑の中でも明らかにされており、特に昭和六十一年の第百四回国会では、当時の海部文部大臣も「実習助手の努力が報われるようにしたい」との答弁も行ってきているところであります。また文部省も、これまでに実習教科の免許状を取得した実習助手の教諭への任用や俸給表の改善に一定の努力をしてきております。
○政府委員(菱村幸彦君) 学習指導要領の告示のときは海部文部大臣、現在の総理でございます、小中学校は。 それから高等学校の学習指導要領、その翌年ですか告示しておりますが、そのときは砂田重民先生です。
また、「かもめ」という社内報の中には、現の中島文部大臣、海部文部大臣がそれぞれ講演されたということが載っているわけなんです。「かもめ」の一九八六年六月号、一九八八年の三月号。 そういうこともきちっと事前に言っているのに、その確認する手だてもやらないで、今の答弁は何ですか。私はそんなことでは絶対承服できませんわ。
○佐藤(徳)委員 それは政治家の答弁でございまして、納得するかどうかは別にいたしまして、海部さんが文部大臣をやっているときに同じ質問をいたしましたら、海部文部大臣は三十五名と答えました。いい答えでしたね。ところが、四十人学級が進行中である、昭和六十六年度が完成年度である。御承知のとおり、これは財政の関係もあったのでありましょうが、延長されて六十六年度完成ということになったわけですね。
かつて、海部文部大臣の時代に連合審査がございました。その連合審査のときに私も質問をさせていただいた経験があるわけでありますが、そのとき当時の海部文部大臣は明らかに、私が指摘するように、どちらかを別枠にすることによって政策経費が高まる、こういう同意見の見解を述べられたわけでありますが、どうも大蔵大臣が同じような答弁になりませんで残念であったわけであります。
それから前の塩川文部大臣は、「教育は国家百年の計であり、」その後は大体同じなのですが、それから順序が後先になりますけれども、海部文部大臣は、やはり「国民的な重要課題である文教の刷新充実に渾身の力を」、これは五十二年です。それから砂田文部大臣は五十三年ですが、「教育・学術・文化は、永遠に変わることのない国政の基本であります。」それから内藤文部大臣は五十四年ですが、「国政の最重要な課題である」。
これはかつて文部大臣が、海部文部大臣、塩川文部大臣そして中島文部大臣、大臣が一生懸命やったにもかかわらず進まないということは、総理大臣もその気になってやっぱりやらないと、国のことですからね。みんなが裁判やって勝った負けたというのがあって、私も学生時代柔道しておりましたから、本当にこれでいいのかと、こう思うんです。竹下総理大臣はこのことに関して一体どのようなお考えを持っておるのか。
海部文部大臣と食い違いました。臨教審の答申と食い違いました。しばらくたってから統一見解を出していただいた。こういう覚えがございますけれども、そういういろいろな経過の中から、今後の日本の政治を占う上で統一見解というものは私はもっと大事にすべきだと思いますし、きちっとした政府の態度をお示しになるべきだと思います。
次の海部文部大臣のときも、それを踏襲してやりたいというようなお話もあったのですが、そういう話も最近余り聞かれなくなってきた。何となくぼやけてきていますね。その中でやはり、日米教育比較の中でも、大学、高等教育に問題があるということは強く指摘をされている。私たちもそうだと思います。したがって私どもは、例えば八ケ岳構想を少し広げて、中核となる大学がやはり要るような気がする。
ただ、私どもといたしましては、せっかくのこれまでの共通一次というものが、特に試験問題、出題の内容等につきましては大変高い評価を得ておるわけでございますので、そういった意味からは、当時の海部文部大臣の言葉をおかりすれば、「よいから使おう、このテスト」ということで、利用するしないは自由だけれども、いいテストだからみんなが利用してくれることを期待をするというようなたぐいのものとして考えておるわけでございます
当時海部文部大臣だったと思いますが、私は、どうしても六十四年ですかということをお伺いをいたしました。無理でしょう、六十五年でもどうかな、私は一年先送りがいいということを主張いたしました。政府はどうしても六十四年ということを重ねて答弁をされておりました。
大平総理大臣が一度行かれたりあるいは海部文部大臣がお訪ねしたというお話を聞いてまいりましたけれども、その他の方は余りいらっしゃらないという状況だそうであります。そこで、これはぜひ塩川文部大臣の時代に改善するものを改善してやってほしいなという期待を込めて申し上げるのでありますが、留学生の生活実態は非常に悪いと言わざるを得ません。 部屋を見せてもらったんです。三畳間ですね。
この新テストの利用について、利用するか活用するかは各大学の自由だということについてですが、私、ことしの予算委員会で海部文部大臣と中曽根総理の意見の違いがあったという質問をいたしましたね。
○佐藤(徳)委員 前文部大臣がこの文教委員会で論議をすることなく解任をされてしまいましたから、それはさておいてにいたしましても、海部文部大臣のときにかなり私も当時いろいろなやりとりをさせていただきました。第百四回国会における文部大臣の所信をいま一度私は読み直してみたわけであります。
ですから私は、昨年でしたかことしの初めでしたかの討論の中でも、前々文部大臣、海部文部大臣のときに、文部省予算をどういう位置づけにするかということがここで大変な問題になるのじゃないかと言った。位置づけの仕方によって、例えば防衛費だとか海外開発援助費だとかいうものは別枠だという決めをしてどんどん伸ばしていくわけでしょう。
海部文部大臣は、要するに最終的に六十四年という一つの目標を決めて、そしていろいろ準備していく、こう答えているわけです。 今私がお伺いしたいのは、新聞などの報道を見ましても、六十四年という政府の目標、これは海部大臣のときからも、全然無目標では準備も進まないではないか、六十四年という一つの目標、しかしながら目標といったって、それはいつでも変えましょうという目標では権威がないわけであります。
○塩川国務大臣 先ほどあなたがおっしゃったように、海部文部大臣は、一応六十四年を目標に努力いたします、こう言っておりました。それは努力してまいりました。
これについて、実は本年度の予算委員会のときにも海部文部大臣にいろいろお伺いをしたわけでございますけれども、きょうは消費者教育という漠としたテーマよりはもっと話を具体的にいたしまして、私は消費者信用教育ということでひとつ具体的に話を絞って文部省の側にお伺いをしてみたいと思います。
○梶原敬義君 大臣、ことしの二月二十四日の衆議院の予算委員会で、海部文部大臣は大出議員の質問に対して、「三団体それぞれ来ていただいてこちらの気持ちを伝えて、何とか話し合いをして一本化をして、我が国柔道界のために力を合わせてほしい、こういう指導を行っておる最中でございます。」こう言って、後そういう努力をするということをたびたび言っているんですが、その後どういう努力をしたのか、その一本化に向けて。